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仏教伝道文化賞

仏教伝道文化賞・功労賞

仏教伝道文化賞選定委員会
仏教伝道文化賞選定委員会
(金光寿郎委員長、2010年1月20日)
仏教伝道文化賞贈呈式
仏教伝道文化賞贈呈式

この二つの賞は、国内外を問わず、幅広い分野にて仏教伝道文化の発展に貢献された方がたの、その労に感謝し讃えようという意図から制定されました。毎年、仏教伝道文化賞選定委員会を開き二名お選びし、顕彰してまいりました。


文化賞は、
A項 研究 論文 著述 翻訳 踏査 出版 その他、
B項 文芸 美術 音楽 評論 その他、
C項 伝道者 実践者 その他
の各項より選定し、功労賞は選定委員の推薦により贈られます。

第44回仏教伝道文化賞受賞者

仏教伝道文化賞B項

佐久 間顕一 氏 写真

佐久 間顕一 氏

1921年京都府生まれ。絵画「合掌童子」などを描き続け、多くの人に仏心を伝える。

讃辞文

安らぎとぬくもりの使者

約30年前、拙寺で開催している禅の集いの講師は米沢英雄先生。参加申し込みの1人から合掌童子の色紙が送られて来て、「この度、この絵を描かれた佐久間顕一画伯が参加されます」と記されてあった。

伏目がちのほほえみの合掌童子と対座することしばし。私の中で眠っていた無垢なるものが呼びさまされるような喜びとぬくもりが全身をひたしてゆくのを覚えた。早速玄関の床の間に飾り、約200名近い会員を合掌とほほえみで迎えていただくことにした。

当日お迎えした佐久間先生御夫妻のお姿が、これまた合掌童子が絵から抜け出したかと思われるようなお姿。 米沢先生とはかねて御親交ありとうかがい、講師控室へ御案内した。そのとき佐久間先生は還暦。「私は酉年でして、12年前の昭和44年、一切を投げうち、ひたすら合掌童子を描く生活に入りました」と語られた。私がひとまわり下の酉年であることに気づき、そのことを申し上げると、米沢先生が「その又ひとまわり上の酉が私です」とおっしゃり、「三羽烏ですな」と思わず哄笑したことが、昨日のことのように思い出される。

以後30年の今日までの間、私はいくつかの寺の本堂・庫院等の全面改修を行ってきた。その度に沢山の合掌童子の絵を「資金の助けになれたら」と御寄進下さり、合掌童子が沢山の浄財の托鉢をして下さった。私の本の装画も何冊かお願いする等、御交誼を深めさせて頂いて今日に至っている。

仏道修行のあり方の一つに「嬰児行」というのがある。さかしらな人間の分別のすべてを洗い流して仏に向かえ、道に向かえ、すべての人々に向かえ、ということであろう。

禅の言葉に「父母未生以前」という言葉がある。人間の分別の手垢のつかない以前に立ちかえり、そこから人類全体、人生全体を展望せよ、ということであろう。

仏から、天地からの授かりの生命にまかせきり、そこでほほえむ幼な児に、分別にふりまわされ、疲れきった大人達が癒されるということの奥に何があるか。「父母未生以前」という言葉が問いかけているものもそれであろう。

そういう世界を人々の心に限りなくお届け下さっている佐久間先生のこの度の受賞に心からの讃意を表したい。

青山俊董(愛知専門尼僧堂堂長)

仏教伝道功労賞

飛鳥 寛栗 師 写真

飛鳥 寛栗 師

1915年富山県生まれ。長年にわたり仏教音楽の研究、向上、普及に尽力する。

讃辞文

仏教音楽に光

飛鳥寛栗師は、龍谷大学に入学するや「男声合唱団」に入部して活躍、仏教音楽(洋楽)の普及と研究に生涯をかけてこられた。その活動を続けられるうちに、手元に集まってきた楽譜や目録などの資料が集積し、膨大なコレクション(「仏教音楽コレクション・A」)となって保存されているということは側聞していたが、一昨年上梓された『日本仏教洋楽資料年表』(法蔵館、2008)に触れて初めて実感として知った。

本「年表」は、安政6年(1859)より始まり、平成12年(2008)に及ぶ。「年表」の標題ではあるが、その曲目の出典や関係論文、その当時の社会的事件なども丹念に記載されている。

明治に入り、日本の仏教界はキリスト教からの伝道攻勢を受けた。若者たちが「讃美歌」などの魅力に惹かれる風潮のなかで、仏教界は新しい「仏教讃歌」の制作・普及にとりくんだ。

年表編者のねらいは、まさにその努力の軌跡を、後世のためにも明らかにしておきたいということにあったと見受けられる。

思うに、飛鳥師が仏教音楽活動に青春の日々を投じるにあたっては、「好きだったから」という動機もさることながら、押し寄せる新時代のなかで、仏教も伝統だけに留まりえないことを予感し、「仏教音楽」にその再生の役割を託そうとする願いがあったからではあるまいか。

師は、大学卒業以後、高岡市の自坊善興寺の住職を勤めながらも、日曜学校やボーイスカウト運動、教育界などで活躍され、仏教音楽を軸にした伝道活動に精励された。平成4年(1992)、善興寺の住職を辞任されたが、その後は資料の整理と「年表」の作成に目標を定め、93歳にしてそれを実現させられた。

聞けばなお計画は継続し、『日本仏教洋楽資料総目録』の出版で完結を目指しておられるという。94歳の高齢とはいえ、師の軽妙洒脱な人柄はまったく年齢を感じさせない。しかも、時代への批判精神は驚異を感じるほどである。

日本では「仏教音楽はまだ市民権を得ていない」とも言われるが、その仏教音楽の分野に〝光〟をあて続けてこられた飛鳥寛栗師の功績は讃えてあまりあるものである。

上山大峻(元龍谷大学学長)

過去の受賞者一覧