こころの糧
第44回仏教伝道文化賞座談会~ほほえみと法音のしらべ~上巻
仏教伝道協会は3月18日に、第44回仏教伝道文化賞贈呈式を執り行い、佐久間顕一氏(画家)に仏教伝道文化賞B項を、飛鳥寛栗師(浄土真宗本願寺派善興寺前住職)に仏教伝道功労賞を贈りました。
贈呈式を終えたばかりのお二人を囲んで、これまでの業績を振り返っていただきました。
敬称略
編集=広報企画課

- 写真右から佐久間顕一氏、福山諦法理事長、飛鳥寛栗師、沼田智秀会長
(写真をクリックすると拡大します)
- 佐久間顕一氏(仏教伝道文化賞B項)
- 大正10年(1921)、京都生まれ。昭和22年に日本のルオーと言われた洋画家の安藤義茂氏に師事し、昼は師の家で絵を学び、夜は夜間高校で数学を教えた。昭和26年から2年間、肺結核が再発して療養所生活を送る。昭和32年、大徳僧堂で小田雪窓老師に参禅。昭和37年、京都の画廊で初めて作品を発表し、昭和39年から2年間、中近東やヨーロッパ、アメリカで美術研究や絵画制作に励む。その間、ニューヨークで個展を開き、パリでは展覧会に出品した。昭和41年に帰国すると、東京・銀座で海外での作品を発表。
昭和42年、鉛筆素描中に自己の満足する顔を発見し、この年の暮れには童子の姿となり、毛筆による制作が始まると、誰言うとなく「合掌童子」と呼ばれるようになる。
昭和44年以降、自然法爾のもとひたすらに「合掌童子」を描く生活を始め、昭和47年に「合掌童子友の会」が発足した。昭和49年、京都市伏見区日野に「合掌童子の家」が完成し移り住むと、国内外各地で合掌童子展が開かれる。平成13年には、京都・永観堂禅林寺に千体の「合掌童子」を奉納した。
- 飛鳥寛栗師(仏教伝道功労賞)
- 大正4年(1915)、富山県高岡市生まれ。中学生のころ、自坊の浄土真宗本願寺派善興寺の日曜学校で讃仏歌に親しんでいた縁で龍谷大学の男声合唱団で活動し、京都女子専門学校の藤井制心教授が主宰していた京都仏教聖歌混声合唱団にかかわり、当時盛んだった仏教音楽協会の世話をした。西本願寺の中央日曜学校、中央健児団(ボーイスカウト)とともに合唱生活を過ごし、ルンビニ少女合唱団を指揮するなどの活動を通じて、新旧音楽資料の収集を始めた。
昭和14年、龍谷大学文学部仏教学科卒業。昭和17年から平成4年まで興善寺住職。私立中田保育園園長、学校法人清光学園常務理事、社会福祉法人中田保育園理事長を歴任。財団法人国際仏教文化協会の理事、顧問、浄土真宗本願寺派教学伝道研究センター顧問を務める。
昭和51年に「仏教音楽コレクションA」(Aはイニシャル)を主宰し、その数は膨大なものとなっている。
著書に『仏教音楽辞典』(共編)、『念仏西漸』、『それは仏教唱歌から始まった』、『日本仏教洋楽資料年表』(編)、『仏教音楽への招待』がある。
- 福山 :
- お二人の先生方、ご受賞おめでとうございます。お祝い申し上げます。お二人は、干支でいいますと、一回り以上の方でございますが、大変お元気ですね。飛鳥老師は90歳を超えてもお元気ですから、うらやましくて、恐れ入ります。私はお授戒などで全国各地を訪問しますが、それだけで精一杯です。毎日毎日、今日、これで倒れてしまうのでは無いかと思いながら、勤めております。
- 沼田 :
- 私は福山理事長と同学年です。お二人は本当にお元気ですよね。
- 佐久間:
- 私は、飛鳥先生より6歳年下の88歳ですが、ただただ今日の日が無事終了いたしましたことを感謝するのみです。お笑い草ですが、私は酉年なので毎日卵を産まねばなりません。明日からも続けて「合掌童子」を描き続けます。まだまだ仕事をさせていただきたいです。94歳の飛鳥先生にあやかりたいと思います。
- 福山 :
- そうですね。飛鳥老師は70代に見えるぐらいお元気ですね。

- 飛鳥寛栗師
- 飛鳥 :
- 私の下の妹は92歳で、その下の妹が90歳です。おかげさまで、兄弟がそろっております。しかし、いつの間に、この歳になったのか、私には実感が湧かないのでございます。今朝もおかげさまで、起きさせて頂いたのでありますが、そういう朝が来るだけで、いつの間にこんな歳になったのやら、本当にどうも不思議です。
- 福山 :
- 私も長生きしたいと、頭の中では考えているのですが、身体がどうもついていきませんね。
- 飛鳥 :
- そうですね。身体で動くとなると、なかなか考えた通りにはなりません。自分自身で解ることは、歳を取ると、物事に対する執着が強くなることです。あれも欲しい、これも欲しいという思いが強くなってくるのです。ですから、音楽の楽譜なんかが出たと聞くと、私に一枚送って欲しいと、すぐに手紙なりを書いて手に入れようとしてしまいます。欲の深いことばかりやっているのが、私なんです。
- 福山 :
- それは特別ですね~。私は普通にしゃべっていても、人の名前が出てこなくなったりして困ることがあります。
- 飛鳥 :
- 北陸の片田舎からでてきましたが、自分の好きなことだけさせてもらったことをありがたいと思っています。それはすべて支えてくれる家族などのおかげです。わがままばかりを言っておりますので、いつまでたっても欲がおさまらないのです。
- 福山 :
- 私は、悠々自適に過ごしたら腐っていってしまうと思っています。お山(大本山永平寺)では、毎朝3時半に起きることになっているものですから良いのですが、7時か8時まで寝たりといった、自由な寝起きをしていたらきっと呆けてしまうと思います。

- 佐久間顕一氏
- 佐久間:
- 厳しいですね~、お山での生活は。
- 福山 :
- その厳しさが、私の生活には良いのだと思います。修行している大衆(雲水)が早朝に起きて、坐禅を組む決まりになっておるから、私も寝ておられないのです。決められた時間に起きるレギュラーライフをしておるから良いのですが、ご老師のように悠々自適に過ごしていたら、私なんてすぐダメになってしまいます。
- 飛鳥 :
- 佐久間先生は健康のためにも水泳をされているそうですね。
- 佐久間:
- 水泳は子どもの頃から続けています。今ではせいぜいクロールで300メートル余りですが、ほとんど毎日やっています。
お二人とも既に亡くなりましたが、西田幾多郎先生のお弟子さんで、私の恩師でもある鹿野治助先生のお宅の玄関に「黙笑」という西田先生の書が掛けてありました。私も「黙笑」を心にプールに通っています。
- 沼田 :
- 佐久間先生がお元気な理由には、絵を描くことに加えて水泳があるのですね。頭の中で考えるよりも、実践を行うということでしょうか。
- 佐久間:
- 私は体験したことしか言えず、また言わないことにもしているのですが、先ず水泳について、クロールは腰に大変良いですね。
次に仕事の上で一つ申し上げますと、奈良や京都の古い仏像のお顔には、かすかなほほえみがあります。アルカイック・スマイルと申したりしていますが、私の経験から申しますと、あれは、一筋に描いて描いていたしますと、ごく自然に現れるもののようです。
私も20万体余を描きまして、自分の筆からそれが生まれます。それがうれしいのです。
(中巻に続く)