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こころの糧

第44回仏教伝道文化賞座談会~ほほえみと法音のしらべ~中巻

福山理事長(写真左)と佐久間氏
福山理事長(写真左)と佐久間氏
沼田 :
今日、佐久間先生の奥さまにお会いして思ったのですが、「合掌童子」の笑顔は、奥様の笑顔に似ておりますね。
佐久間:
時々そう言われることがあるのですが、皆さん、純な心を宿しておられる時は等しく「合掌童子」のようなお顔をなさっています。
飛鳥 :
絵を描いておられますと、紙の中から仏さまが現れてくるような感じがしますね。棟方志功氏は、「紙の中から仏さまが出てきてくださるのだから、私が描いた責任を持てない」というようなことをおっしゃっておられましたね。描いたら描きっぱなしでしたね。
佐久間:
昔は「描いてくれ」と頼まれると、少しでも良いものを描こうとして、かえっていいのが生まれませんでしたが、40年余も描き続け、そんなことはなくなりました。
飛鳥 :
棟方志功氏は、「これはいいな~」と、自分の作品を拝んでいましたね。「これは全部他力さまのお働きだ」と。
佐久間:
これまでを振り返りますと、40年という年月は決して長くないですね。あっという間に過ぎてしまいました。これで、あと40年生きられるのなら嬉しいことですが、そうは行きませんからね。この頃では一作一作が遺言みたいなものです。
沼田 :
絵画の道に進まれたのは、ご両親の影響もあったとお聞きしましたが。
佐久間:
私は京都に生まれ京都で育ちました。両親は熱心な仏教徒でした。先祖から父母に伝わり、更に私にと、朝夕、仏に合掌する生活で、その上、父が美術に関係していましたので、幼い頃から、京都や奈良の国宝級の仏さまに親しんできまして、いつしか、自分なりの仏さまを描きたいと願うようになりました。
やがて戦争が終わると、絵の道に進みましたが、最初に師匠にこう言われました。「お前は、世界中で唯一人なんだ。親や兄弟でも、お前に代わることはできない。だから、絵を描くのであれば、お前でなければ描けない絵を描け」と。
しかし、私でなければ描けない絵などすぐには出て来ません。いろいろとやりました。パリでは、完全な抽象作品を描き、それはニューヨークで多くのファンを得まして、一応画家として成功したのですが、その時でも、一方で絶えず菩薩の素描を続けていました。
ファンは、私が顕一ですから「ケンのベビー・ブッダ」と称して、よろこんでくれましたが、私にはまだまだ不満足でした。それが帰国して一年目くらいに、ある日、ふと描けたのです。以来、今日まで毎日、一日も欠かさず描き続けてまいりました。病気で入院した時も、ベッドの上で手帳に鉛筆で描いておりました。
沼田 :
病床にあっても描き続けるのは並大抵ではありませんね。
佐久間:
振り返りますと、ただただ「合掌童子」を描くのみでありました。そして、あとは「合掌童子」が働いてくれました。全国から、「心を救われた」というお便りを頂きます。しかし、私自身が一番救われました。苦しくてたまらない時、「合掌童子」を描くことのみが、私の心の支えでありました。
毎日描く「合掌童子」について説明する佐久間氏
毎日描く「合掌童子」について説明する佐久間氏
飛鳥 :
描かれる瞬間にうれしさを感じるのですか?
佐久間:
描いている時は無心ですが、出来上がったのを見ると、どうして自分のような者から、こんな無垢なお顔が現れるのかと不思議に感じ、うれしく思い、感謝します。
沼田 :
その「合掌童子」を描き続けて、多くの人に仏心を伝えたことから、仏教伝道文化賞B項に選定されたわけです。
佐久間:
40年以上も毎日欠かさず描き続けられたのは、これも偏に、仏さまのお慈悲かと思っております。「合掌童子」の働きであり、皆さまのおかげさまであります。
その上、仏教伝道文化賞を頂くなんて、これは誠にもったいないことでございます。この度の受賞は、身にあまることですが、仏さまのおはからいだから、大切にお受けしなければいけないと思いました。
沼田 :
佐久間先生にとって、仏教とはどのようなものと捉えておられますか。
佐久間:
あくまでも純な心で、おのれの使命を果たす。それが仏の教えと思っています。
仏教といえば、私のところも先祖からの宗派を持ち、毎日の読経や仏事のすべてはそれに従っていますが、精神的には、かなり超宗派的なところがあり、若い頃には聖書を読みふけったり、10年以上も京都・大徳寺の僧堂に通いました。
親鸞聖人とのご縁も深く、何も知らずに土地を求めましたら、それが聖人誕生の地と言われる京都・日野の聖人のご廟、誕生院の裏だったのです。今もそこに住んでいます。『歎異抄』は、前十段をいつも暗唱しています。
「合掌童子」の背後には、広く、宗教のこころがあると、自分で思っています。
以前、京都の一燈園から依頼されて2回にわたって書いた『合掌童子』を今回、合本いたしました。この度、色紙とともに贈呈式にご出席頂いた皆さまに差し上げましたのでお読み頂ければ幸いです。
沼田 :
現代社会に対して仏教を伝えようとしたとき、難しい教義よりも、「合掌童子」のような絵画や、音楽の方が理解しやすいことも多いですね。
佐久間:
自ら、自分の筆が産む「合掌童子」に、そのつど心打たれ、よろこび、40余年が過ぎました。
私が祖先から受けたように、仏教がほとけの心を人々に伝えることで、安らかな社会が生まれることを信じています。 

(下巻に続く)