みちしるべシリーズ

 一日一訓の珠玉の名言を「みちしるべ」と題して、味わい深く説き明かしました。座右に備えてこころをみがく生涯教育の一助として、また人生の指針として、み仏の教えを身近に感じとることができます。
各冊カラー表紙
A6判 264頁


釈尊のことば(教え)は
こうして伝えられました


 35歳でさとりを開き仏陀の境地に到達した釈尊は、80歳で入滅するまでの45年間、一日も休まずに人びとに教えを説き続けました。それは、応病与薬と呼ばれるように、各人の能力や環境に応じて説かれたので、多数の経典が成立した所以であります。
 釈尊の滅後、お弟子たちは自分たちが直接釈尊から聴いた教えを人びとに伝えましたが、それらの教えを後世にも残すために、摩訶迦葉尊者をはじめお弟子たちの主なものが集まって、聖典の編さんを試みました。
 それぞれが釈尊から聴いた教えに誤りがないかどうかを確かめながら何カ月もかかって会議を続けた結果、書かれた教えとして現在残っている、仏教聖典の核ともいうべきかたちができあがったわけです(このように編さんされた聖典も、数百年間は依然として暗記によって保持されていました)。これらの聖典をまとめて、お経と呼んでいるのです。
み仏の智慧を伝える

私たちは「縁」に依らないで生きていくことはできません。み仏は、この「縁」によって「自らの人生をいかに生きるべきか」を説かれました。
「初心忘るべからず」他31訓所収。
この身心は因縁の集まりですから無常なものです。無常であってうつり変わるものを、実体であるわがものである、と思うのはまちがっています。
「智慧のない心が我(が)である、わがものであると執着するにすぎない」
「すべてのものは心から起こる」他31訓所収。

「徳」とは私たちの心に内在する仏性のきらめきです。み仏は「欲をおさえておのれに克つことにつとめ、身を正し、ことばを誠あるものにしなければならない」と説かれた。「我もまた田を耕すものなり」他31訓所収。 み仏の心にあるものを法といい、人びとを導くために法を言葉として発したものが、教えです。み仏の心とは、あらゆる手だてによってすべての人びとを救う大悲の心、人びととともに病み、人びととともに悩む大慈の心です。「仏あれば 衆生あり」他31訓所収。

正しいものの見方である「正見」とは四つの真理(四諦)を明らかにして、原因・結果の道理を信じ、誤ったものの見方をしないということです。
「自らを灯火とせよ」他31訓所収。
35歳でさとりをひらき仏陀の境地に達した釈尊は、80歳で入滅するまでの45年間、一日も休まずに法を説き続けられました。それは応病与薬と呼ばれるように、各人の能力や環境に応じて説かれたので、その教えの量は極めてぼう大なものでした。
「二河白道」他31訓所収。

み仏は「すべて存在するものは無常であり、苦しみであり、移り変わるものである」ことを説かれました。
「無常」とは単なるものや身体だけの無常ではなく、一人ひとりの心の無常をも考えようと、教えられたのです。
「仏心とは大慈悲これなり」他31訓所収。
人生は丹精 この本にご紹介させていただいた、釈尊の基本的な教えである「三宝」、「三法印」、「四苦」、「六波羅蜜」は、私たち一人ひとりが、この人生を丹精することによって、やがては釈尊の境地に近づくことができるよう、つとめ励んでゆくための「丹精の指針」といえるでしょう。

このページのTOPへ


協会概要 | あゆみ | 目的と事業 | 伝道事業 | 伝道会館 | 朗読 | やさしい仏教用語 | 教材/出版 | トップページ